第1回東京国際映画祭(1985)
雑誌「スクリーン」1985/6/2記述
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ルキノ・ビスコンティ監督のご秘蔵っ子時代・・・・「地獄に堕ちた勇者ども」「家族の肖像」「ルードウィッヒ」などの彼は、まさに輝くばかりの白皙美青年だったヘルムート・ベルガーは、その面影はのこすとはいえ、目尻のシワにふけを感じさせたのは、恩師ビスコンティを亡くしたショックのせいか。でもオーストリア人には珍しいほど流暢な英語と優雅な身のこなしは、フランスやアメリカのTVシリーズで新たな人気を獲得しているのもうなずける。それに何よりおどろいたのは、ホテル2軒の経営者の御曹司で何不自由なく育った彼は、わがままで気まぐれ・・・そんなところもビスコンティには魅力だったのだろうけど・・・と聞いていたのだが、すこぶるものやさしい紳士とも思われたのは演技かナ?・・・それとも甘え放題だった(と聞く)ビスコンティを失って、悲しみや苦労も知ったのが、かえってよきみのりとなったのか。 |
*この記事は「映画道楽」の
shimiz さんからご提供いただきました。ありがとうございます!
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第1回東京国際映画祭では,ヤングシネマ応募総数 519本(40ヵ国),上映本数16本。 ヤングシネマ'85大賞「台風クラブ」相米慎二監督をはじめ、最優秀監督賞には ペーテル・ゴタール監督 「止まった時間」,他の各賞にはアリ・オズゲントルク監督 「At」,フランソワ・ブービエ/ジャン・ボードリー監督「ジャックと11月」,ヘクトール・バベンコ監督「蜘蛛女のキス」があった。 このときの他の来日スターは,ジャンヌ・モロー、ロブ・ロー、メリッサ・ギルバート、ジェームス・スチュワート、ハリスン・フォード、クロード・ルルーシュ等がいた。 当時,夜遅いTV番組に出演した彼を観ましたが、内容は記憶になく,ただただ「美しい方!」の思いしか覚えておりません(汗)。 <「キネマ旬報」に記載されたインタビュー記事がこちらにあります> |
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